チャーリーとチョコレート工場の映画を見て、
チョコレートを無性に作って食べたくなり、バレンタインのレシピを考えました。
チョコレートの甘くて、少しビターな香りを嗅いでいるうちに、
ふと心に浮かんできたのは、子どもの頃の二つのココアにまつわる記憶です。
私が小学生だった頃、両親は共働きで、
平日は母も18時頃まで働いていました。
普段は近くに住んでいる祖母(母にとっては義母)が、
私と弟の帰宅時間に合わせて、家に来てくれていました。
夏休みなどの長期休みは、
どちらかの祖父母の家に毎朝送ってもらい、
夕方に母の迎えで帰る、という生活が基本でした。
祖父母たちは皆健在で、それぞれ違った性格をしていて、
一緒に過ごす日々はとても充実していたと思います。
その中でも、一番一緒に過ごすことが多かったのが、父方の祖母です。
祖母は芸術肌で、ものづくりが好きな性格でした。
書道や絵手紙、折り紙などで、たくさんの作品を作ってきました。
妥協を許さないところがあり、
一つの作品を納得がいくまで、何度も構図を考えながら作っている様子は、
まさに職人のようでした。
絵手紙で季節の花を描き、
それを色ごとにグラデーションになるよう配置している屏風を見たときは、
少し畏れさえ感じました。
祖母と長期休暇を過ごしたおかげで、
いわゆるお勉強以外の宿題
(ポスター、自由研究、読書感想文、習字、家庭科作品、貯金箱など)では、
たくさんの賞をいただきました。
祖母が道具や本に出資してくれたこと、
私が諦めそうなときに、そっと手を貸してくれたこと。
何より、隣で一緒に取り組むうちに、
「妥協しないこと」が当たり前になっていったのだと思います。
料理に関しては、持ち前のこだわりをあまり見せません。
祖母のご飯は普通に美味しいのですが、
レパートリーは少なく、
それを広げよう、深めよう、という意思もあまり感じませんでした。
そして、一度美味しいと言うと、それを何度も作ってくれます。
そんな中で、特に記憶に残っているのが、
毎日のように出してくれたココアです。
祖母のココアは、決まって森永のミルクココアでした。
でも何度も飲んでいるうちに、
パッケージに書いてある「おすすめの作り方」ではないことに気づきました。
祖母は、砂糖の入ったココアの粉を入れ、
目分量でお湯を注ぎ、
なぜか最後に、さらに砂糖を足していたように思います。
その味を表現するなら、
ドリンクバーのココア
(ちょうど良さそうなところに、
最後にお湯が足されて少し悲しくなるあれ)に、
さらに砂糖を足した感じです。
美味しいのですが、とにかく甘い。
そして、夏でもなぜかホットでした。
私がホットのココアを美味しいと言ったからだと思います。
「熱っ」と言うと、
マグカップに氷を入れてくれます。
甘いココアが、さらに薄くなります。
でも、作ってくれたしなぁ、と思いながら、
毎日おやつの時間に飲んでいました。
一方で、母のココアは、祖母とはまた違います。
少しお嬢様育ちな雰囲気の母は、
母方の祖母に似て、舌が肥えているところがあります。
私が好きな回転寿司チェーンなどにも、
あまり入りたがりません。
軽いお茶の時間に飲む一杯も、
分量を間違えにくい個包装のタイプを選ぶか、
きちんと茶器を使って淹れるタイプです。
そんな母のココアは、
バンホーテンの個包装スティックでした。
大雨で暴風警報が出て、
早めに学校から帰宅した日。
仕事を早めに切り上げて帰ってきた母。
ずぶ濡れだった私がシャワーを浴びて、
リビングに戻ると、
「寒かったねー」
と、そのココアを出してくれました。
母が私にココアを出してくれるのは、
決まって雨の日か、すごく寒い日でした。
回数としては、あまり多くなかったのですが、
なぜかそのときの記憶は、今でもとても鮮明に残っています。
母と祖母の、二つのココア。
今はもう飲むことはなくなってしまったけれど、
今でも私の心の片隅にいて、
そっと温めてくれているのかもしれません。
そういう私のココアは、
母のものとも、祖母のものとも、また違っています。
いつか自分の子どもに、
何気ない顔でそっと出す時を楽しみに。
今は、自分のために作っています。


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